ひとりひとりのその人らしさを認め合うアートへ
──アートプロジェクトTURNと自身のアートの可能性 -後編-
前編記事: ひとりひとりのその人らしさを認め合うアートへ──アートプロジェクトTURNと自身のアートの可能性 -前編-
東京藝術大学にて教鞭を取りながら、社会的な課題解決をアートプロジェクトによって行うという芸術祭の総合監修やプロデューサーとしても活躍し、現在のTURNの出発点であるアール・ブリュットの専門美術館の合同企画展などを行うなど精力的に活動されてきました。
そのような中でTURNのプロジェクトは、スタート時から交流や出会いを大切な要素としてきましたが、2020年の新型コロナウイルスの感染拡大やそれを防止するための緊急事態宣言によって、その活動が大きく制約されることになりました。
想像力によって過去・未来を見ることで現在を再定義する
「アーティストたちが、実際に障がい者の方々の施設に行って、そこの人々とそこで感じたことを発信する"交流"という行為がTURNの主軸のひとつとしてありました。それがコロナ禍ではできなくなってしまった。
ただ、テクノロジーの力を使うことによって、オンラインでの交流というものができるようになったということも、コロナ禍における発見でもあるわけです。距離という物理的な障壁が、障壁ではなくなる。移動が叶わなくても、交流が可能になるという新しい世界ができた。そこに可能性を感じます」
TURNフェス3 ≪光の広場≫ 撮影:伊藤友二TURN交流プログラム(岩田とも子×特別養護老人ホームグランアークみづほ) 撮影:冨田了平
TURN LAND(クラフト工房La Mano) 撮影:冨田了平
会えない距離を超える想像の力
会えなくなることで、それまでの対面や実際に触れ合うことの意味も改めて認識することができるのではないか、と日比野さんは考えています。
「ラブソングの歌詞ではありませんが、会えない時間で育てられるものもある(笑)。人間にはイマジネーションがあります。会えないからこそ、あの人は今ごろどうしているかを想像する。会うことを楽しんでいる人たちばかりではなく、いままで実は我慢して会っていたということもあるのではないか、と。選択肢が増えることで、会うことの意味を新たに考えるという大きなきっかけというのは、まさにTURNの目的とも符合するのではないか。
今・現在という見えるものと今までやこれからという見えないものの両方が交流する。僕らは、そうした新しい"船"を発明して、これまで知らなかった大陸を探すという価値観を手に入れようとしているのかもしれません」
すべての基盤にアートがある
2015年からTURNは東京2020オリンピック・パラリンピックの文化プログラムの先導的役割を果たす、東京都のリーディング・プロジェクトの1つとして新たに始動し、2017年より東京2020公認文化オリンピアードとなりました。いろんな場所に行って交流するこれまでのTURNのプログラムは、オンラインに切り替えることで可能なものから少しずつ実施されています。また、TURN JOURNALという冊子を発行し、活動報告などともにTURNのフィロソフィーを様々な角度から伝える活動も行っています。その「TURN JOURNAL SUMMER 2020-ISSUE04」(https://turn-project.com/timeline/output/10448)において、日比野さんは絵画作品の発表とともに"アートのX"というエッセイを寄稿しています。その言葉の意味を問われると、日比野さんは、「言葉というのは便利なものではありますが...」と前置きした上で、次のように続けます。
「言葉は、一方で制約も受けますね。例えば、赤い色と言っても、人それぞれの頭の中に浮かぶ"赤"は、決して同じではない。バラのような赤を思い浮かべる人もいれば、夕陽のような赤を思い浮かべる人もいるでしょう。言葉はとても便利なんだけど、かえって言葉が制限を加えてしまうケースもあるわけです。
では、アートという言葉を使ったときに人々はどのようなイメージを思い浮かべるでしょうか。絵画や彫刻作品を想像する人もいるだろうし、作品を鑑賞する行為のことを思うかもしれない。感性のようなことを考えるかもしれない。
例えば学校のなかでも、図工の時間だけがアートなのか。算数の時間に見た美しい数式にアートを感じたり、国語の時間に出会った美しい言葉にアートを感じることも実際にありますよね。
僕は、すべての人々の生活の基盤の中にアートがあると思っています。多様性のある社会を築いていくためには、ひとりひとりの違いという個性を受け入れ合うことができるアートの特性がとても有効なのではと考えます。いろいろなものの中にすでにアートは存在しているという意味で"アートのX"という言葉を使ってみたんです」
すべての中にアートはあるという思想を、日比野さんは大学のプログラムにおいても実践されています。
ピッチの選手と同様に、走りながら考える姿勢
「国連が人間及び地球の持続可能な繁栄のための行動指針として提示したSDGs(Sustainable Development Goals)が注目を集めていますが、SDGsが提唱する17のゴールにはアートというフレーズはありません。
でもそれは17のゴールすべてとアートが接続することができるということだと思っています。企業の姿勢や意識とアートを結びつけることで、アートもSDGsに貢献することができるのではないか。東京藝大でもSDGsに貢献するプログラムがいろいろ動き出しています」
TURNのスタート時を振り返ったときに、「この活動がどのように受け取られるかわからないけど、まずはやってみようと思った」と言う日比野さん。
そういう"走りながら、考える"姿勢は、日比野さんが大好きなサッカーにも通じているのかもしれません。公益財団法人日本サッカー協会(JFA)の理事も務められています。
「サッカーというスポーツも社会に貢献することが必要。東京藝大もJFAと連携して社会貢献活動を推進する連携協定も結んでいます。地域、行政、教育機関、スポーツ、そしてアートが連携することで、これからの社会課題に対する解決方法を探す大きなきっかけとなること。
まさにそれはTURNという言葉に込めた気持ちでもあるわけです」