たくさんの人がそれぞれの価値観で暮らしている、だから東京は面白い──「ARTalk」代表新井まる
アートコンサルタントである新井まるの仕事は、生活や仕事とアートとの間に接点を作り出すこと。maru styling office代表取締役という経営者として、依頼に応じて芸術作品を選定、配置するだけでなく、アートの手法を使った社会人向けの研修プログラムも開発した。「友達とおしゃべりするように、アートの話ができるようになったら」というコンセプトで始めたウェブマガジン「ARTalk」は、運営を始めて9年目に入った。
1986年9月30日生まれのミレニアルズ(※)らしく、就職する前から自分でビジネスを始めることを決めていたという独立心を持っていた。そんな新井まるに、東京でのチャレンジの"これまで"と"これから"を聞いた。
※ミレニアルズ
──今、どんなことにチャレンジしていますか。
数年前からクリエイティブ研修とコミュニケーション研修の中間のような独自の教育プログラムを開発してきたのですが、2021年に入り、大手企業で新規事業開発を担当している方々を対象にした研修の教材として採用されました。アートから着想を得たカリキュラムなのですが、アート教育とは異なるように設計しています。自分や組織をクリエイティブな状態にしていくために、どうやってコミュニケーションしたら良いのか、どのように自分や他者を理解したら良いのか、そんなことを学べるプログラムです。
私のチャレンジは、アートを切り口に世の中をより豊かにしていくことです。私が代表を務める「ARTalk」は、アートを通じて人の心をより豊かにしたいという動機で始めたアートマガジンで、今度は企業の人々をアートを通じて変えていきたいです。アートマガジンで起こせた変化は小さいのですが、これからの日本を担っていく会社の人たちを変えられたら、もっと早く、スムーズに東京や日本が豊かになっていくと思っています。
──そのチャレンジの前、新井さんは東京でどんな暮らしを送っていましたか。
新卒で広告代理店に勤め、とても忙しい毎日を送っていました。お客様へのプレゼン前は普通に徹夜でしたけど、でも、今思うとそれほど大変ではなかったんですよね。ただ、若い時はそれでも良いのですが、結婚したり、子どもが生まれたりなどとライフステージが変わっていけば、しんどい思いをするだろうという予感があったのも事実です。
就職する前から会社で3年働いて、1年勉強してから独立しようと考えていたのですが、そろそろ辞めるタイミングだなと考えていた頃に、会社や業界特有の慣習とぶつかることが増えました。例えば、残業したみんなで晩ご飯を食べに行くことになり、新卒の自分が先にお店に行って席を取ることになった時、お客様だった飲料メーカーのお酒を置いていないレストランを予約してしまって、たっぷり怒られたりもしました。そうした慣習に反発する気持ちが出てきたんです。
慣習には、暗黙の合意として決まった理由や背景があると思います。でも、それを無批判に受け入れなければいけない、というところに息苦しさを感じ始めていました。決められたことを当たり前と思わずに色々な角度から物事を見ると、見える景色も変わってくると思っています。
私は世界中を旅するのが大好きで、自分の当たり前と思っている価値観と違う文化に触れることを大切にしています。例えば台湾の少数民族アミ族の村では、一緒に山や川に入り、その日の食料を確保して料理し、みんなで感謝していただきました。彼・彼女たちと共に過ごしていると、「幸せ」のヒントがそこに隠されているように感じます。
オランダのアムステルダムでは、家族の"おうち時間"がとても大切にされていて、残業をしないのは当たり前だったりと、東京の暮らしとは随分違うんだなぁと感じたのを覚えています。
──組織で感じた葛藤は、独立後に解消されましたか。
すべては解消されていないと思います。「これは仕事だからやらないといけない」というものもありますし、特に独立直後は「何でもやります!」という感じでしたから。でも、今は本当にやりたいことだけをできるようになってきていると思います。
先ほど「アートを通じて人の心をより豊かにしたい」と話しましたが、豊かになるというのは、1つの物事を様々な角度から見られることも大切な要素のひとつだと考えています。つまり、多様性を獲得するということです。分析や論理だけに頼って導き出したアイデアが、他の人の考えと似てしまったという経験を持っている方はたくさんいらっしゃるはずですが、人と違うアイデアを生むためには、物事を分析したり、論理立てて推論を進めたりするだけでなく、他者の気持ちを慮ることができる共感力や、自分で問いを立て続けていく想像力/創造力も必要です。アートは作品も多様ですし、解釈のしかたも十人十色。こうでなきゃ、という枠組みに囚われがちな社会で、アートの力は今後より注目されていくと感じています。
──これまで様々なことにチャレンジしてきた新井さんから見て、チャレンジを続ける都市・東京の課題と価値は何だと思いますか。
子どもたちの教育がより良い方向に変わることを願っています。
小学生の時に「冬休みの思い出を絵に描いてみましょう」という課題が出たんです。冬は家族で毎年スキーに出かけていたので、この時もスキー旅行を描きました。雪が太陽の反射でエメラルドグリーンに見えたのが印象的だったので、その通りに塗っていたら、先生から「雪は白でしょ」という指導が入りました。とてもショックでした。
今はここまでの指導はないかも知れません。けれど、「雪は白、空は青色、太陽は黄色に塗りなさい」など常識を当てはめていく教育は、形や姿を変えて今もあらゆる所に残っています。というのも、私が新卒時代に会社で直面した葛藤は、こうした教育の延長線上にあるのですから。
東京は面白い人がたくさん集まっている都市です。なぜ面白い人が多いのかというと、一人ひとりが面白いというのもありますが、大勢の人がそれぞれの価値観で活動しているので、総体として面白くなっているのかなぁと考えています。東京は、どうかこの多様性を伸ばし続ける都市であってほしいと思います。私もアートや教育プログラムを通じて、東京がより多様性豊かな街になっていくような仕事を続けていきたいと思います。