Chef's Thoughts on Tokyo:
本物のインド料理を、東京だからこそ提供したい
子どもたちを日本で育てたかった
ジーテンドラ氏はアジア各地のホスピタリティ業界での業務経験が豊富だ。ムンバイのホテルでキャリアをスタートさせた後、ジャカルタで親戚のインド料理レストランのオープンを手伝い、3年間にわたり滞在して経営に携わった。その後、彼はアメリカ人の常連客の誘いでサハリンにインド料理レストランを開業した。サハリンでの8年間の経験を通じて、彼は近くの北海道に定期的に出張し、次第にその土地に親しみを覚えるようになる。そして、北海道こそが自身と家族にとって最適な場所だと考えた。
息子たちを札幌のインターナショナルスクールに通わせたことが移住のきっかけだったが、日本人とその生活様式に以前から抱いていた好印象が、移住の決断をより容易にさせたという。
「息子たちには日本で育ってほしいと思っていました。妻と私は、息子たちがこの国で成長すれば間違いなく豊かな人間になると信じていました」
ジーテンドラ氏は大都市ムンバイ育ちで、都会での生活には馴染みがあるため、息子たちの学校卒業後には東京に引っ越すことを決めていた。久しぶりの大都会での生活に懐かしさを感じながらも新天地での挑戦に胸を高鳴らせた彼は、東京で新しいレストランを開くべく物件探しを始めた。やがて中央区の京橋駅に隣接する複合商業施設、東京スクエアガーデンを見つけ、2021年にボンベイ・シジラーズをオープンした。
利益を上げるよりも大切なこと
東京にはたくさんのインド料理店があるが、ケンムラニ夫妻は東京の人々に本物のインドの味を提供していると自負している。妻のジャルパ氏がメニューを考え、インド人のシェフたちが彼女の高い要求に見合うよう奮闘している。「彼女は私のボスです」と、ジーテンドラ氏は言う。「レシピを考えたり、キッチンのスタッフを教育したり、いろいろやってくれています」。このロケーションを見つけたのは自分かもしれないが、今の店に育て上げたのはジャルパ氏だと、彼は断言する。
東京では、料理に必要なものを入手するのにほとんど苦労していない。「たいていの食材は地元で手に入るし、店もたくさんあります」と、彼は言う。インドから輸入された食材を手に入れることもたやすいが、ジーテンドラ氏は沖縄産のカレーリーフや北海道産の小麦粉など、国産の食材を選ぶことが多い。彼によれば、本場インドのナンよりも北海道産の小麦で作ったこの店のナンのほうが品質も良く美味しいという。
おいしい料理のおかげでボンベイ・シジラーズは常連客も増え、店内はいつもにぎわっている。ランチタイムには200食以上のセットメニューをビジネスマンに提供し、ディナータイムには多様な客層が訪れ、日本人と外国人が混在し、故郷の味を求めてインド人も多く訪れる。「私たちは恵まれています。みなさんが料理を気に入ってくれているのは本当にうれしいです」
夫妻にとって、客に満足して帰ってもらうことは金儲けよりも大切なことだ。「おいしい料理をお客さんに提供すること、インドで食べられているような本物のインド料理をお届けすることが何より大事だと思っています」
東京に住むべき最大の理由は、人々が親切なこと
夫妻は自分たちのビジネスを急いで拡大する意図はないが、外国料理の分野について東京はまだまだ成長の余地があると考えている。日本の首都で外国料理の店を始めようと考えている人たちにジーテンドラ氏が伝えたいことは、「来るべきですよ!住むにも仕事をするにも素晴らしい場所ですから」だという。彼は交通の便や街の清潔さ、秩序だった生活など、東京の長所を次々と挙げるが、この都市に来ることを勧める最大の理由は「人々がとても親切なこと。私にはそれが一番です」と語る。
将来の移住計画について尋ねると、ジーテンドラ氏は言う。「この場所が最高だから、他の国にはもう移住しないつもりです」
自分たちの店について夫妻は、とにかく一度足を運んで、料理を味わってほしいとのこと。「いつでもお待ちしています」
写真/ローラ・ポラッコ
翻訳/森田浩之