台湾から世界を目指し、 デジタル文書の可能性に挑む

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 ブロックチェーンや仮想通貨の核となる分散型台帳技術で、学術証明書など重要書類のデジタル化に貢献したことが評価されている台湾発のスタートアップ企業、チューリング・スペース。世界中で顧客を獲得しているほか、受賞数も多い。2023年のCity-Tech.Tokyo(SusHi Tech Tokyo 2024グローバルスタートアッププログラムの前身となるイベント)では、東京都特別賞を受賞したベンチャーだ。
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2023年、チューリング・スペースのジェフ・フーCEOは、プロジェクトのパートナーとしてWHOと国連を訪問した。

 自称「コーディング・オタク」のジェフ・フー氏は、自らのキャリアの大部分が偶然の連続で形作られてきたと話す。新興企業チューリング・スペースの創業者にしてCEOであるこの控えめな男は、確かに道なき道を歩んできた。

 9歳にしてロボット工学に魅了されたというフー氏。故郷の台湾では「子ども時代のほぼ半分をロボット工学校で過ごした」と話す。このロボットとの出会いが14歳時の初来日につながった。2008年に横浜で開催されたワールド・ロボット・オリンピアード(WRO)への参加だ。しかし、大会では英語によるプレゼンテーションが必須だと理解していなかったという。その失敗を経験し、翌年のWRO韓国大会では、彼のチームが言葉の壁を乗り越えてメダルを獲得している。

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Turingのプラットフォームに保存された証明書は、検証可能で、第三者に簡単に送信でき、長期間安全に保管できる。

社名の由来は数学者アラン・チューリング

 その後、香港科技大学でコンピューターサイエンスを学んだフー氏は、周囲がAIに夢中になる中で、ブロックチェーンに興味を持つようになる。ブロックチェーンは仮想通貨への活用で知られる技術だが、当時は犯罪活動の温床として評判を落としていたタイミング。その頃のブロックチェーンはフー氏にとって、あくまで流行語のような存在でしかなかった。しかし、「香港で教授陣といくつかのプロジェクトや論文に取り組んだ」ことにより、フー氏はこの新興分野で働く機会を得る。そしてその事業が会社へと発展していくことになる。

 すべてが順風満帆だったわけではない。ケンブリッジ大学、マサチューセッツ工科大学(MIT)、オックスフォード大学など、世界トップクラスの機械学習修士課程18校を受験した際には、自信を失う経験もしている。「18通の不合格通知を受け取りました」と、満面の笑みで振り返る。

 もっとも、簡単にはくじけなかったフー氏は、その後カリフォルニア大学バークレー校ブロックチェーン研究所の研究奨学生に。そこで、大学出願時に自身の学歴証明書の申請に苦労した経験から、ブロックチェーンを使った電子証明サービス「チューリング・サーツ」を立ち上げた。なお、このサービス名にも採用され、社名にも使われている「チューリング」は、革新的な数学者でコンピューティングの先駆者であるアラン・チューリングにちなんだものだ。

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2023年のCity-Tech.Tokyoでのプレゼンテーション風景。チューリング・スペースにとって日本進出への足がかりとなったイベントだ。

文書の偽造を防ぎ、長期保存を可能にする

 証明書の偽造は、一般に理解されている以上によくあることだが、「チューリング・サーツ」の特長は文書の検証が容易な点と、長期保存に耐え得るという点である。「人間の平均寿命は現在85年だが、デジタルコンテンツを85年間保存することはほぼ不可能です。コンピューターは2年から5年ごとに進化していますし、みな異なるプロトコル、異なるフレームワーク、異なるエコシステムで動いています。でも、ブロックチェーンなら検証も長期保存も可能になります」と、フー氏は胸を張る。

 自社の分散台帳技術に「有向非巡回グラフ(DAG)」を使用しており、厳密にはブロックチェーンや仮想通貨で使用される技術とは似て非なるものだという。また、EUが欧州ブロックチェーン・サービス・インフラストラクチャー(EBSI)プロジェクトに採用したIOTAネットワークを利用することで、取引と検証に必要な計算能力と電力を抑えられるのも強みだ。計算インフラと電力を大量に消費するブロックチェーンと比べれば、かなり少ない。

 こうした技術が事実上EUから承認されていることで、同社が提携してきた数十の自治体や国際機関での活用に弾みがついた。WHOもその一つで、ジュネーブで開催される「妊産婦・新生児・子どもの健康パートナーシップ (PMNCH)」 のためのデジタル文書作成で提携済みだ。

東京のビジネス環境は驚くほどオープン


 フー氏は、海外展開に野心的だ。台北とアメリカでの事業設立に続き、次なる拠点を東京に定め、2023年5月にチューリング・ジャパンを渋谷に設立。いわく、東京のビジネス環境は驚くほどオープンで、コストも非常にリーズナブルだそうだ。

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台湾での社員旅行の一コマ。チューリング・ジャパンの石川真理社長(左から2人目)とフー氏(右から2人目)。

 2023年に開催されたCity-Tech.Tokyoをきっかけに東京都からの後押しが、日本でのビジネスコネクションの構築に役立ったそうだ。多くの日本企業がチューリングの技術に好意的で、新たなクライアント候補を紹介してくれたという。ただ、ビジネスには優秀な現地採用の人材が欠かせないと彼は指摘する。

 日本では偽造された証明書はまだそう多くないため、東京オフィスの主な注力ポイントはデジタルトランスフォーメーション(DX)の支援である。「その一例が医療です。台湾でも日本でも、医療技術は非常に進んでいますが、医療情報のデジタル保存は進んでいません。人々のカルテを各医療機関で連携することができないのです。ある病院に行って、すぐ隣の別の病院に行ったとしても、データベースがつながっていないのですから」。

 台湾との地理的な近さも、東京の利点だ。「12時間もかけてアメリカやヨーロッパに飛ぶ必要はありません。わずか3時間で日本に飛び、世界を舞台に活躍する起業家仲間とラーメンを食べることができます。最高ですよ」

 東京の急成長するスタートアップ・シーンについて熱く語るフー氏は、最近、起業家仲間からSusHi Tech Tokyo 2024のグローバルスタートアッププログラムに参加すべきかどうか尋ねられるという。「私はいつも、ぜひ参加してほしい、と言っています。2023年に始まったばかりですが、2024年にはさらに多くの企業や国が参加し、もっともっと大きく、より重要なものになるでしょう、と」

 そして最後に、再び満面の笑みを浮かべてこう付け加えた。「競争も激しくなるでしょう。ですから、もし私が今回のコンペティションに参加したとしても、勝てないかもしれません。私は2023年の大会に参加したのでラッキーでした」

Jeff Hu

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台湾生まれ(中国名:胡耀傑)。スイスのローザンヌ工科大学、香港科技大学、カリフォルニア大学バークレー校で学ぶ。2018年にチューリング社を設立する前から、数多くのスタートアップを設立している。

チューリング・スペース、チューリング・ジャパン

https://turingcerts.com/ja/home/

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取材・文/ギャビン・ブレア
写真提供/チューリング・スペース、チューリング・ジャパン
翻訳/安藤智彦