のぞき坂|TOKYO Signs Vol.1

 東京に数多く存在するユニークな標識=SIGN(サイン)を通じて、美しく個性的な東京を発見していく連載企画。今回は2019年の公開後、世界中で人気を博しているアニメ映画『天気の子』にも登場する「のぞき坂」を紹介する。
のぞき坂

 まずは、この標識を見ていただきたい。「上り急勾配あり」の道路標識だ。傾斜角の22%という数字が表示されているが、これは都内でも有数の急勾配である。

 この標識は、東京都豊島区のJR目白駅から徒歩約15分、千登世橋を渡った付近にある「のぞき坂」に掲示されている。『天気の子』では、仕事が成就しつつある主人公たちの心象が、この坂の水溜りに太陽の光が反射する幻想的なシーンで描かれている。

 全長約160mのこの坂は、高低差が約15mある。坂の上から下ると4、5階建てのマンションの高さを垂直移動することとなる。恐る恐る下を覗き込まないと坂の下が見えないことからか、「のぞき坂」と名付けられている。逆に坂の下から登ると、マンションの間から開けた青空を垣間見ることができ、都心にいながらもちょっとした登山感覚を味わえる。

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のぞき坂

 坂のそばには、1860年に日米修好通商条約批准のための遣米使節正使を努めた、新見豊前守正興(しんみぶぜんのかみまさおき)の下屋敷がかつて存在した。詩人のウォルト・ホウィットマン(1819-1892年)は、正興が使節団として米国を訪れた際の様子を「西の海から訪れた、ニフォンという国の礼儀正しく、日に焼けた、二刀を携えた使節は、馬車に寄りかかって、剃り上げた頭と、冷静な面持ちでマンハッタンを通り抜けていく」と詩に綴った。

 東京都内で急勾配標識を頻繁に見かけるのは、東京が川で分断された台地の連なりからできており、丘や谷が入り組んでいるためである。坂は、そのような複雑な地形ゆえ人々にランドマークとして親しまれ、「のぞき坂」のようなユニークな名前として定着するようになった。江戸時代(1603年-1868年)と明治時代(1868年-1912年)に命名された坂だけでも、都内23区内に約640現存している。

 『天気の子』は古くからある東京の風景とフレッシュなモダンさが自然に融合する、ある種の懐の深さを感じられる作品である。その独特な映像の雰囲気は、きっと今後生まれてくる多くの作品に影響を与えていくことだろう。

文/冨田秀継