スウェーデン出身の落語家・三遊亭好青年が武道を体験~柔道編|Challenge for BUDO VOL.1
そもそも武道って?
三遊亭好青年さんはスウェーデン出身の落語家。ストックホルム大学で日本語を専攻していた好青年さんは、2012年に交換留学制度を使って日本の大学に留学したという。そして、入学時に体験した落語の新歓ライブがおもしろかったため「落語研究会」に入会を決意。それから、みるみるうちにどっぷり落語の世界に入り、最終的には三遊亭一門にまで入門した。およそ4年の厳しい前座修行を終え、ついに2020年に二ツ目に昇進した異例のキャリアをもつ。
一人前になるために、修行や稽古が必要なのは落語も武道も同じ。今回、日本の伝統文化の世界に身を置く好青年さんが、これまた伝統を重んじる柔道を体験した。
「柔道や空手を映画で見たことあるけど、そもそも武道って何?」と思っている人も、多いかもしれない。日本人の一部にも「武道は、試合で勝敗を決めるスポーツ」と、とらえている人も少なからずいる。しかし、日本古来の武道はスポーツや格闘技とは違った一面を持っている。武道の今を探るため、好青年さんは東京23区のちょうど真ん中あたり、新宿区四谷にある柔道の道場『志道館』を訪問した。『志道館』館長の坂東真夕子氏は〝文武一道〟を掲げ、柔道はもちろん、礼儀や勉学、英語なども学べる道場を運営している。
道場に入るなり「あの白黒の写真の方はどなたですか?」と好青年さんが尋ねると、「柔道の創始者である嘉納治五郎です。嘉納先生は、柔道修行の目的は、心身の鍛錬をして人格の完成をはかり、社会に貢献することだと示しています。しかし過度に勝敗にこだわる道場があるのも事実です」と坂東館長が説明してくれた。
武道では、稽古を始める前と後に必ず礼法を行う。礼法には座礼と立礼があり、今回は座礼を学ぶ。まず、直立の姿勢から、左足を後ろへ引き、左ひざを左足があった位置に下ろす。次に、右足も後ろに引いて右ひざを右足があった位置に下ろし、両足の親指どうしを重ねて正座の姿勢になる。そのあと、黙想を行い、「嘉納治五郎師範への礼」「指導者への礼」「互礼」と、3つの礼を行う。ひとつの礼につき、時間は約4秒。足のつけ根に置いた手をすべらせるようにして、床につける。手の幅は約6cmあけ、三角の形に。3秒経ったらスッと起き上がり、1秒で元の姿勢に戻す。なぜこのように細かく段取りが決まっているかというと、指導者や先輩への敬意はもちろんだが、稽古の相手にケガさせないように配慮する思いやりの心を養うためだという。稽古前に相手に対して礼儀を尽くしておけば、対戦中に怒りの火がつくこともないとされている。
相手の体も自分の体も守る「受け身」の稽古
次に「受け身」を学ぶ。柔道は、相手から投げられたときに自分の体を守るため、「受け身」の習得が大切。立ち姿勢から深くしゃがんだあと、あごを引いてから後方に転がり、背中の帯が畳につくと同時に畳を手で叩く。両腕は上へと高くあげ、転がるときに勢いよく振り下ろす。「受け身」を熱心に稽古するのは、自分の頭部を守るため。柔道は自分も相手もケガをしないことを重要視している。
自分だけでなく対戦相手の体も守ること――。柔道においてとても大切なことで、ここが格闘技などとは大きく異なる点であるという。
いざ「大腰」に挑戦!
最後は「大腰」。柔道の技術的要素は「崩し・作り・掛け」の3つで構成されている。投げやすくするために相手の体勢を変えさせることを「崩し」と言う。はじめに、右手で相手の襟を持ち、左手で相手の袖を握り、相手を前に引き出す。次の「作り」では、組み手をしたまま右足を相手に対して一歩踏み入れたあと、右足に重心をかけて右回りに体を回転させ、回転すると自分の腰が相手の前面に沿う姿勢になる。回転すると自分の腰が相手の前面に沿う姿勢になり、襟を持つ手と袖を持つ手で相手をコントロールしながらおしりを力強くポンと当て投げます。これが「掛け」となる。このとき、重要なのは投げたあとも相手の袖を離さないこと。相手の袖を握り続けることで、相手のケガを防ぐことができる。相手の体をも大切にするという、思いやりの気持ちが込められているのだ。
右足に重心をかけてクルッと回るとき、まるでダンスをしているように見えるが、柔道は相手との息を合わせることが重要だという。坂東館長は「柔道は"極限の間合"と言われるほど、相手との間合をはかることが大事です。相手の襟を握っている分、相手との距離がとても近いですよね」と話す。それに対して好青年さんは「相手の息を感じながら、タイミングを計って技をかける――、それが柔道なのだと実感できました」とのこと。
「落語の世界でも師匠やお客さまに対して礼をするのは、基本の作法です。武道でも礼が大切にされていると知って、今日は勉強になりました。礼法は、落語の世界でも〝感謝〟の気持ちを表現しているものだと思います。〝教えてくれて、ありがとうございます〟という気持ちですよね。落語の世界では、弟子は師匠に対して尊敬の念を持っています。私の師匠は、自分自身の師匠の遺影を自室に飾り、お墓参りを欠かさず、感謝の念を忘れることはありません。『志道館』の嘉納先生の写真を見て、創始者や先達のことを大切にするのは柔道も落語も共通していると感じました。落語でもお客さまとの距離のとり方は大事です。今回学んだ〝間合い〟を落語にも生かせるようにしたいですね」。稽古を終えた、好青年さんは礼法の大切さを身にしみて感じとっていた。