オリンピアンが考える東京2020大会 & ビヨンド:井本 直歩子|TMC トーク Vol.7

本記事は2021年8月8日に東京都メディアセンター(TMC)が実施したTMCトークでの井本直歩子氏の講演を書き起こしたものです。
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オリンピアンが考える東京2020大会 & ビヨンド|TMCトーク Vol.7

 井本直歩子と申します。少し自己紹介をさせていただきます。まず競泳選手として1990年代にずっと活動をしておりまして、最初に国際大会に出たのが1990年の北京アジア大会でした。このとき14歳だったのですが、その時から10年ぐらいずっと国際大会に出ておりました。そして、1996年のアトランタオリンピックに晴れて、オリンピック代表になりました。そこで個人種目はあまり振るわなかったのですが、リレー種目の800メートルリレーで4位に入ることができました。

 その後、2000年のシドニーオリンピック選考会で引退をしまして、競技から退くことになりました。その後、実は少し変わった経歴を持っておりまして、国際協力といいますか、開発途上国支援の道に飛び込むことになりました。そして、2003年から20211月まで9か国で働き、主に開発途上国での緊急災害時、紛争下における教育支援に取り組んできました。

 9か国の開発途上国で働いてきました。今までに働いた国は、例えばシエラレオネ、ルワンダ、スリランカ、ハイチ、そして災害下のフィリピンです。東日本大震災では東北支援もしました。紛争下のマリ、そして直近では、難民が多く訪れたギリシャでUNICEF(ユニセフ)の教育専門官として働いてきました。

 なぜ私がこのような仕事に携わることになったのかというのは、競泳選手として活動していた経験が元になります。国際大会に10年ぐらい出場しているときに、同じ大会やレースに出ている選手たちが自分よりまったく恵まれていない環境に置かれているということを、目の当たりにしました。例えば水着の質が全然違ったりですとか、ゴーグルを着けていなかったり、ジャージを持っていなかったり、選手村で出会うときも、食堂ですごくお菓子をたくさん食べていたりということを目にしました。そのときに、自分はすごく恵まれた環境で、栄養のことを考え、きちんとウェアやジャージも支給されて、本当に素晴らしい環境で、競技をさせていただいているのにも関わらず、同じ大会に出る開発途上国からの選手というのは、まったく自分と違う環境にあるということを強く感じたのです。そして、そこから競技を終えた後は、「自分よりも恵まれてない環境にいる人々のために働きたいな」という夢を高校時代ぐらいから描くようになりました。

 そういったわけで、今までの経歴について語らせていただきましたが、ギリシャに20211月までいるときに、思いがけずオリンピックに関わることになりました。そのイベントというのが、20203月の聖火の引き継ぎ式でした。こちらは、日本の代表団がずっと準備をされてこられて、ギリシャに来られて聖火を引き継がれるということで、私もずっと楽しみにしていました。実は、聖火リレーにもギリシャで応募していたのですが、落選しました。けれども、引継ぎ式の前日になって大使館の人から電話がかかってきました。「明日、聖火を引きついでくれないか」ということで、大変驚きました。急遽この赤いジャケットを友人に借りに行きまして、無観客のパナシナイコスの競技場の誰もいない中、日本に聖火を引き継ぐという大役を任されました。

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 そして20211月にギリシャでの契約を終えて帰国し、ユニセフを休職して、少しお休みをしようと考えていた矢先、組織委員会の前会長の発言がありまして、組織委員会のジェンダー平等推進チームのアドバイザーに就任することになりました。20213月から現在までアドバイザーとして活動してきています。

 少し自己紹介が長くなりましたが、今から今回のオリンピックの意義というもの、私が感じる意義というものと、そしてこのジェンダー平等推進チームの活動についてお話をさせていただきたいと思います。

 今大会、大変な状況のなかで開催されました。今日コロナ禍に開催された東京2020大会が閉幕しましたが、大会自体は非常に有意義だったと思っています。日本だけでなく世界中の人々に、困難な状況に立ち向かう勇気と希望を与えてくれる大会だったと思いますし、特に選手たちが国境を越えて、スポーティング・スピリットのもとお互いを讃え合う姿に、私達はすごく感銘を受けたと思っています。

 そのなかでも、特に私が注目していたのは、開発途上国からの参加のアスリートであったり、そして今、紛争下にある国や地域の代表であったり、難民選手団の方々でした。これらの方々、アスリートの姿から、どんな困難な状況に置かれていても、(前を向く)ものすごい強さを感じましたし、そして、どんな国でも平等にスポーツをする権利ですとか、人々の平等な立場といった、「平等の精神」や「友情の精神」というものが、すごく表れた素晴らしい大会だったなと思います。

 私が、今まで開発途上国で働いてきたなかで、スポーツの価値というものがすごく印象に残っています。本当にものすごく過酷な状況にあるのですが、スポーツによって人々や子どもたちが救われたり、勇気を与えられたり、見ている人にも参加する人にも困難な状況を乗り越える力を与えてくれたり、といった場面をいくつも見てきました。こういった大きな大会を通して、世界中でたくさんの人々が、勇気づけられたと思います。

 中でも、今回印象に残ったのは、難民選手団の選手たちの活躍でした。特に1つ例を挙げるとすれば、イランのテコンドーの元リオ五輪の銅メダリストのキミヤ・アルザレさんという方です。その方が本当に果敢に、世界チャンピオンを倒して戦いました。同時にイランの方々の置かれている本当に困難な人権侵害の状況に、思いを寄せました。

 話は尽きませんが、せっかくですので、今回、組織委員会のジェンダー平等推進チームの取り組みについてもお話しさせていただきたいと思います。橋本聖子会長が20213月に発足させたジェンダー平等推進チームは、小谷実可子スポーツディレクターのチームリーダーのもと、活動して参りました。もともとIOC2018年にジェンダー平等レビュープロジェクトというものを立ち上げまして、こちらの画面に映っている25の提言ということがなされました。

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 これらの提言に沿って、東京2020大会もジェンダー平等のための大会運営の準備がされてきました。

 今回、女性のアスリートの参加者数が過去最多の49%になったことは広く報じられています。それ以外にも、例えば「男性と女性、必ず1人以上を参加国は派遣するべきである」ということが推奨され、あとはすべての競技において、男性と女性の選手数を平等にして派遣するべきとか、そういった提言がされてきていました。

 また、混合種目がとても注目されましたが、前大会の8種目から今回は18になりました。例えば卓球のダブルスや混合ダブルス、水泳競泳の男女混合リレー、陸上でもトライアスロンのリレーで男女混合がありましたし、柔道の団体戦も男女混合で行われました。そしてアーチェリーや射撃でもイベントが作られました。

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 初回の1896年の大会で、女性の参加がゼロでした。そこから今日まで長い歴史を経て、今、平等に近づいています。やはり本当に世界中の多くの人々が見る大イベントですから、例えばその場で男性と女性が対等に一緒に競技することや、女性アスリートを見る機会というものが普段はあまりないので、そういった姿を見て勇気づけられたり、力を与えられたりする。特に女性の活躍は、世界中でインパクトが大きいと思っていまして、そういった努力がされたことをとても嬉しく思っています。

競技以外にも選手村の医療施設に女性アスリート専門科が新設されました。またメディアに関しては、ジェンダー表象ガイドラインというものが発表されました。さらにメディア自身も女性の人数を増やす努力が求められたり、性的画像撮影が禁止項目に明記されたりしました。メディアに関する努力に加え、ガバナンスにおいても、橋本聖子会長が会長になり、理事の42%が女性になり、ジェンダー平等推進チームが設置されました。そして、演出にも工夫がされていました。例えば開会式の旗手においては、男性と女性を1人ずつ立てるように推奨されていましたし、メダル授与式でも男性役員だけがメダルを授与するのではなく、女性も男性もどちらも授与式に参加するような工夫がされています。

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 最後に表象ガイドラインについてお話させていただきたいと思います。IOC2018年にこの表象ガイドラインを作りました。今大会の前にアップデートされました。このジェンダー平等のための表象ガイドラインを私と組織委員会理事の來田享子先生と一緒に和訳をしまして、これを記者の方にお配りして、さらに組織委員会のウェブサイトにも掲載しました。その内容がとても大きな反響を受けました。

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 「美しすぎる」や「イケメン」ですとか、そういった容姿に特化する内容や私生活の報道など、オリンピック以外の場面でのスポーツの報道にそういったことが多すぎるということを指摘しました。このような点はおそらく、既に大多数の方が思っておられたことで、それが、今回の反響に繋がったとは思っています。

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特に女性アスリートの容姿や私生活について報じるということに関して、(日本にいる)私たちはずっとそういったことに慣れてしまっていて、なかなか気づけない状況ではありました。

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しかし、やはり今、これだけジェンダー平等が叫ばれているなか、男性アスリートと比較しても、とてもフェアではないと思います。女性のアスリートの容姿ばかり報道するということによって、やはりスポーツがそもそも持っている女性の素晴らしさ、力強さ、たくましさというものが、ありのまま写されないことによって、元々ある女性の女らしさというステレオタイプをずっと再生産しているようなことを感じております。

 ということで、本当に今、日本の社会でジェンダー平等が非常に重要なテーマとして掲げられているなか、スポーツがそのジェンダーのステレオタイプを壊す、非常に重要なツールになっていけると確信しています。そのために、女性アスリートをありのまま報じることによって、そういった多様な女性の像、そしてかっこいい、力強い女性の像がしっかりと映されると信じています。そして、それに憧れる女性や男性が増えていくことによって、私たちの本来持っている「それぞれの魅力」がどんどん認められる社会になっていけると確信しています。そういった活動が今回オリンピックをきっかけに幅広く議論されることに関して、とても嬉しく思っています。

 私からのお話とさせていただきます。ありがとうございました。

井本直歩子
オリンピアン

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 3歳から水泳を始め、14歳で1990年広島アジア大会選手団最年少出場を果たし、50m自由形3位。1996 年、アトランタオリンピック 4 × 200m リレー4位入賞。五輪後、渡米し、サザンメソジスト大卒業。2000年シドニー五輪選考会後、競技引退。慶應義塾大学卒業。英・マンチェスター大学大学院紛争復興支援修了後、2003年よりJICA(独立行政法人 国際協力機構)シエラレオネ、ルワンダの紛争復興支援に従事。2007 年から国連児童基金(ユニセフ)の職員としてスリランカ、ハイチ、マリ等で紛争・災害化の教育支援に従事。今年に入りユニセフを休職し、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会ジェンダー平等推進チームアドバイザーに就任。今年に入り、一般社団法人 SDGs in Sports を立ち上げ、アスリートやスポーツ界関係者の勉強会を開催している。

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