【隈研吾×マセソン美季 対談】教育の場づくりに今必要なこと。〜激動の時代を生きる子どもたちへ〜

出典元: パラサポWEB 2021年8月30日記事
 コロナ禍はもちろんのこと、SDGs、D&I、ニューノーマル、オンライン革命など、今子どもたちを取り巻く環境は激動を余儀なくされている。そんな中、誰ひとり取り残されることなく、子どもたちが希望に満ちた未来へと羽ばたいていくために、教育はどうあるべきなのだろうか。

 世界に名を馳せる建築家として、保育園や学校、図書館などの設計も多く手がける隈研吾氏に、カナダ在住のパラリンピアンであり、国際パラリンピック委員会・国際オリンピック委員会の教育委員会メンバーを務めるなど、現在もパラスポーツを通して教育活動を行っているマセソン美季氏がインタビュー。おふたりに未来の教育の場のあるべき姿について対談をしていただいた。
【隈研吾×マセソン美季 対談】教育の場づくりに今必要なこと。〜激動の時代を生きる子どもたちへ〜

子どもたちの可能性を広げる「開かれた空間」

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写真:日暮雄一
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隈氏が当時の同窓生と共に、校舎建て替えの設計監修をした母校、栄光学園。高い天井、広々とした空間作りは、学校とは思えないほど!

 世界中からの設計依頼が引きも切らない隈研吾氏だが、2017年、母校・栄光学園の創立70周年の校舎建て替えの際に、隈氏は当時の同窓生と共にその設計監修にあたった。栄光学園で学ばなかったら、全然違う人生を歩んでいた、たとえ建築家になったとしても、今とはスタイルが異なっていただろうと語る隈氏だが、栄光学園の新校舎設計にはどんな思いで取り組んだのだろうか。

 マセソン美季氏(以下、マセソン) 栄光学園は「みらいの学校」と名付けられ、三階建てだったのを二階建てにしたり、職員室の壁をなくしたりと、「体に気持ち良い建築」を軸に普通の学校ではあり得ないような画期的な工夫をされているとうかがいました。なぜそのような学校にしようと考えたのか、理由をお聞かせいただけますか?

 隈研吾氏(以下、隈) 今の学校の校舎は、基本的にはコンクリートの閉じた箱の中に人間をいっぱい入れるという構造になっています。できるだけたくさん人を詰め込むために、縦横に机を整然と配置し、一方通行の教育をして成果をテストで確認するというやり方。つまり、子どもたちは非常に非人間的な空間の中に押し込められている状態だった、というのがまず理由のひとつですね。その結果、学校を卒業してからも、その閉じたコンクリートの中で身についた発想から一生逃れられないような人間が生まれているように感じていたんです。

 マセソン 今の話を伺って、息子たちが通うカナダの公立の学校の教室の様子を思い出しました。机のレイアウトも自由で、日本の教室とはだいぶ違うんです。日本の教育現場のような閉じた空間ですと、対話というのも生まれにくいと感じています。環境は重要ですよね。

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隈研吾氏

 隈 世界に目を移してみても、閉じた空間に人を閉じ込めるという発想は、だいぶ崩れてきています。本来通路であった廊下のスペースがどんどん拡大していって廊下と教室という箱の境界がなくなってきている。そして箱の中でも、机を並行に並べるというだけではなく、机や椅子の種類も同じではなく雑多な形のものが、リビングのようにバラバラに置かれるといった状態が、むしろ中心になりつつあるなと感じますね。

 マセソン たしかに、カナダもそうです。日本社会の教育は、同じ形で正しく並んだタイルが美しいとする価値観を尊重している印象です。一方、カナダの教育は、質感や大きさ、形も色も違うタイルが集まってきた中で、それぞれの良さを引き出しながら全体として美しく仕上げるモザイクアートのようなものがいいとされているように感じています。ものの見方、考え方も日本とはだいぶ違いますし、評価の軸も多様です。日本の教育の良いところも残しつつ、海外に良いものがあるのならそれも取り入れることによって、よりよい教育の場を作り出せるんじゃないかと思っています。

 隈 まず、日本の教育施設、空間に対する考え方は非常に遅れているという意識を日本人は持っていないんですよ。みんな学校はこういうものだと思い込んでいる。その結果、学校は非常に不健康な状態に陥っていると思うので、マセソンさんのような方にどんどん発信していただけるとありがたいです(笑)。

多様性を受け入れる教育が、社会を閉塞感から救う

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マセソン美季氏

 マセソン 私は、違いには価値がある、人と違うことは悪いことでも恥ずかしいことでもないということをカナダの教育で教えてもらったような気がしています。多様性に価値を見いだし、インクルージョンを進める環境で過ごしていると、それまでの「当たり前」の枠が外れて、岩のように四角いゴツゴツとしたものの角が取れて丸くなり、同時に柔軟性や弾力も身について、弾み出すボールになったような感覚がしました。多様性が尊重される環境に慣れていくと、何か問題にぶち当たったときに解決のバリエーションも増えていくし、どんな環境・状況にもしなやかに対応できるようになるんじゃないかと思います。日本の教育でも、子どもたちがそのような力を身につけられるようにしてほしいですね。

 隈 そもそも、日本の学校のように全員が同じ椅子に座らなければいけないというのは不自然ですよね。どのような椅子を選び、それをどういう向きに置くかも各自が自由に決められるところから、多様性を大事にするという姿勢がスタートすると思っているので、空間の影響力は非常に大きいと思っています。学校でも自由な空間というものを用意してあげると、子どもたちには自動的に、誰もが均一じゃなくてもいいんだ、規格にはまらなくてもいいんだという思いが生まれてくるんですよ。

 マセソン カナダの幼稚園の宿題で、「自分と違う属性の人、普段周りにいない人の考えを聞いてくること」というものがあったんです。つまり、おじいちゃん・おばあちゃんといった年齢の違う人や、人種・職業が違う人とか、とにかく違う種類の人と触れ合ってその人たちの意見を聞いてきなさいと。そのように、幼いうちから多様な価値観に目を向けさせるというのは非常に大事だなと思いました。そういう環境は大人が作っていくべきですね。

 隈 今の日本では、子どもはコンクリートの箱の中に閉じ込められ、均質な仲間の中でだけの競争に慣らされて、多様性や格差の問題に対しての訓練がないまま大人になってしまう。それが現在の日本の閉塞感を招いていると僕は思っています。そういう教育を変えないと閉塞感を払拭することはできないでしょう。子どもたちにはそれぞれ得意なもの、不得意なもの、また興味のあるものないものがあります。それを探させるプロセスこそ、教育なんです。何か一方的に知識を詰め込むのではなく、子どもたちが自由に発見する、発見のための手伝いをするのが教育者の役割ではないでしょうか。

多様な人との触れ合いが教育に。公共の場づくりはネコに学べ!?

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東京計画2020:ネコちゃん建築の5656原則 ©Kengo Kuma and Associates ©Takram

 ――現在、東京国立近代美術館において、「隈研吾展 新しい公共性をつくるためのネコの5原則」という展覧会が開催中だ。世界各国に存在する隈氏の作品の中から公共性の高い68件の建築が、写真やモックアップ(部分の原寸模型)により紹介されている。奇しくも現在は、コロナ禍によってリアルなコミュニケーションが制限され、人が集まりにくくなっているが、だからこそ今、公共の場の重要性が高まっているということになるのだろうか。

 隈 公共の場所、みんなの集まる場というものが、20世紀はものすごく抑圧されていたと思います。外部空間は基本的に車に支配権を握られていて、人間の歩く空間は抑圧され分断されていた。それをもう一回取り戻さなければいけないというのが、この企画展の基本精神です。 どのような空間だったら人間は楽しく過ごせるだろうかと考えた時に、僕はネコに学べばいいんじゃないかと思いました。ネコはどんな質感の空間、どんな街が好きなのかを、ネコにGPSをつけて観察したんです。すると、ネコは路地のようなヒューマンで温かい空間が凄く好きなことがわかりました。人間も同じ生物ですから、ネコと同じような視点で公共空間を見直してみたら、たとえば公園に固定されたベンチなどではなく、移動可能な小さい椅子を置くだけで公園が見事に生き返るという事例がいくつも報告されていたんです。 そういう自由な多様性のある空間を作ってあげると、お子さんからお年寄りまでいろいろな人が集まってくる。それは確かなことだと思いますね。

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隈氏が提案した地方都市の中心街にある複合型の市役所は、地域の新しい核となっている。中庭を取り囲むように市役所やアリーナ、NPOのための多目的ルームが配置されおり、この解放的な広場は、通常の市役所では考えられないほどの多くの市民で朝から夜までにぎわっている 写真:藤塚光政

 マセソン 私は車いすで生活するようになってから、周りにある建造物・制度・設備・情報など、誰かが作ったものに対しての違和感、不満、時には苛立ちみたいなものを感じることが増えました。自己喪失感、疎外感みたいなものをもたらす建物や施設、仕組み、状況などは結局人が作り出しているんだということにハッとさせられたことがあります。でも今、隈さんがおっしゃったように、小さい椅子ひとつで公園が生き返るなら、視点を変えて新しい空間を作り出す人が増えることで、社会は変わっていきますね。

 隈 教育の話で言うと、教育は学校だけでするものではないですよね。公共の場でいろいろな世代の人、異なるプロフィールを持った多種多様な人たちから学ぶというのが昔は大事だったと思うんです。違う多様性を持っている人たちと触れあうだけではなく、彼らの振る舞いを見るだけで大きな学びになりますよね。ところが今は、子どもたちは学校と家との往復だけになってしまって、公共の場に行かない子も増えている。そのような子どもたちを公共の場に呼び戻すことが、多様性の学びにとっても重要だと思います。

 マセソン 今、こういう先が見通せない不安・不満が蔓延している世の中なので、子どもたちはどうしても自分たちの将来にワクワクできない、心配が多いような気がしています。でも、子どもたちには前向きな気持ちを持って、自分たちで世界はいろいろ変えていけるんだと思ってほしいですね。そういう場を作り、そういう教育ができたらいいなと強く思いました。

誰もが行きたくなる図書館、誰もが行きたくなるスポーツ施設とは?

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「守山市立図書館は、地元の杉材をたくさん使って、木でできた路地のような空間を作りました。目の前の川のカーブにそって、路地もまたゆっくりと曲がっていて、直線の空間にはないやわらかさがあります」(隈) 写真:川澄・小林研二写真事務所

 マセソン 実は妹が滋賀県に住んでいて、守山市立図書館がすごい!と力説されたんです。建て直しに隈さんが携わられたんですよね? いろいろな工夫がされていて、来館者が旧図書館の倍以上になったそうですが、建築の力で読書する人を増やすというのは本当にすごいことだと感銘を受けました。 私が長年解決したいと思っている問題で言うと、私のように車いすで生活しているとか、障がいのある人たちのスポーツ実施率が低いことを何とかしたいんです。建築の力で、障がいのあるなし関係なく、地域に住んでいる全ての人を巻き込んで、みんなのスポーツ実施率をあげるような施設を作れないものでしょうか?

 隈 図書館でもスポーツ施設でも基本は同じで、利用率を上げるにはその空間が「楽しい場」であれば良いんです。とはいえ、楽しさにはいろいろな構成要素がありますし、自分だけではなく、いろいろな人が集まってくるところなので、みんなが集まったときに人と人との間の距離がどれだけ取れているかとか、空間のメリハリみたいなものに注目する必要があると思います。 開けていて開放的な部分に対して、静かになれるところも作るなど、メリハリをつけることが大事です。スポーツ施設は、えてしてそういう楽しさより施設としての機能性を重視して作られることが多い。でも、これからスポーツはマセソンさんのおっしゃるように、一部のアスリートだけではなく、みんなが参加することが重要になりますから、施設も「機能」から「楽しさ」へと移っていかなければいけないですね。

 マセソン 今日は、建築が作り出す環境の与える影響の大きさについて、いろいろ知ることができました。私たちは子どもたちに対して、何が正しくて何が正しくないなどといったことを教えるばかりではなくて、子どもたちがやりたいことを全力で応援できるようなチアリーダーになって行きたいなと思います。そのために必要な環境を整え、安心・安全であるように見守って口は出さず、子どもたちがやりたいようにやらせてあげられるような、そんな大人でありたい、そういった教育をしていけたら、と思いました。

 ――隈研吾氏が栄光学園へと進学したのは父の勧めだったらしいが、そんな隈氏を1964年の東京オリンピックが終わった頃に、建築家・丹下健三氏が設計した国立屋内総合競技場(現・国立代々木競技場)に連れて行ったのもまた父であったのだそうだ。その建造物の天井を見た隈氏は建築家を志すようになる。子どもの頃に何に出会い何を見るかが、その後の人生に大きな影響を与えることの証だろう。教育は何を教えるかといったソフトも重要だが、ハードもそれに負けず劣らず重要であることに気づかされた対談だった。

隈研吾

 1954年生。1990年、隈研吾建築都市設計事務所設立。慶應義塾大学教授、東京大学教授を経て、現在、東京大学特別教授・名誉教授。国内外で多数のプロジェクトが進行中。国立競技場の設計にも携わった。主な著書に『点・線・面』(岩波書店)、『ひとの住処』(新潮新書)、『負ける建築』(岩波書店)、『自然な建築』、『小さな建築』(岩波新書)、他多数。

マセソン美季

 東京都出身。大学1年生の時に交通事故で脊髄を損傷し車いす生活となる。1998年長野冬季パラリンピック、アイススレッジスピードレースの金メダリスト。大学卒業後は、多くのパラリンピアンを輩出してきたイリノイ州立大学へ留学。現在は、国際パラリンピック委員会(IPC)及び国際オリンピック委員会(IOC)の教育委員会メンバーを務めながら、日本財団パラリンピックサポートセンターのプロジェクトマネージャーとして勤務。パラリンピック教育を通じてインクルーシブな社会をつくるため、教材作成、普及啓発活動に取り組む。パラリンピックを題材に共生社会への気づきを子どもたちに促す教材『I'mPOSSIBLE(アイムポッシブル)』日本版の開発責任者。東京2020パラリンピックでは日本代表選手団の副団長を務める。カナダ在住。2児の母。

国際パラリンピック委員会公認教材『I'mPOSSIBLE』日本版
活用事例と教材ダウンロードはこちら
https://www.parasapo.tokyo/iampossible/

文/Reiko Sadaie (Parasapo Lab)