「着物シーラ」が次世代に伝えたい東京に生きる文化とは

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 十文字学園女子大学の名誉教授のシーラ・クリフ氏は、ファッションと散歩をこよなく愛す「着物インフルエンサー」だ。東京での着物文化の再興や都内のお気に入りの散歩コースについて話を聞いた。
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クリフ氏は1980年代に初めて東京を訪れた際にそのエネルギーに魅了された

--1980年代から現在まで、東京に住み続けている理由を教えてください。

 東京のエネルギーが魅力だからです。文学的ですが古いものと全く新しいものが隣り合わせになっている時、摩擦のようなエネルギーが生じます。イギリスの都市ではなかなか見ることのない新旧の驚きの共存に初めから魅了されました。また、着物や着物のフリーマーケットとの出会いももちろんポイントでした

--着物に夢中になった理由を教えてください。

 洋服はまるで制服のようにどこか表現に乏しく、つまらないものに感じています。来日した80年代からそう思っていましたが、現在では当時にも増してそのように感じています。

 まだ当時はネットで検索したりもできないですし、初めて着物を目にした時にはそれがどういったものなのかも、正直なところわかりませんでした。ただ、ハンガーに掛かっている着物は色鮮やかで、生地の品質がとても美しく驚きを感じました。またその柄は洋服では目にしたことのないもので、あっという間に虜になりました。

 惹かれていくうちに、着物とは立体的な構造であること、長い年月にわたり一家で受け継がれていること、作る工程で一切の無駄が出ないことなど、どんどん理解が深まりました。あまりに惚れ込んでしまい、20年後には「着物がいかに伝統とファッションを体現しているか」について博士論文をリーズ大学で書きました。もはや今では着物なしの生活が考えられないほどです。

 もちろん、京都で数多くの種類の着物が作られてはいますが、東京のほうが市場としてははるかに大きいため、東京が重要です。新たなファッションとは地方都市ではなく中央の大都市から生まれるものなのです。

 近年、東京の若者が着物を正装としてではなくカジュアルな服装として再びファッションに取り入れるようになった変化がとても興味深いですね。1985年に来日した当時は、着物といえば結婚式や茶道など、一部の機でのみ着用されるものだったからです。

--着物はサステナブルファッションであるとお考えですか?

 大いにそう思います。一つの長い生地から仕立てる際に、着物はハギレが一切出ません。再度、元の状態に戻して、一から仕立て直すこともできます。縫い直しができることと、包み込む衣服であることから、裁断することなく同じ生地で様々な体形やサイズの人に合わせることができるのです。ちょうど包装紙1枚で、異なる形のプレゼントをいくらでもラップすることができるのと同じように、どのような体の形でも合わせられます。西洋のファッション理論家は「着物は人間の身体の形を無視している」と言いますが、大きな誤解でしょう。

 私は着物という芸術を「生きた文化」として、どこかの美術館などに埋もれさせるのではなく、次世代に伝えていきたいのです。その値を人々に教えていくこととても大切だと考えています。

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散歩は新しいものと古いものが同居した東京の街の魅力を発見するのに最適な方法だ、とクリフ氏は語る

--東京のお気に入りスポットを教えてください。

 特定の場所が好きというより、ただ散歩することが大好きです。東京を歩き回っています。西武池袋線の東久留米という街に住んでいますが、昨日は池袋から16キロ歩いて自宅へ帰りました。日本橋から池袋まで歩き、そこから電車に乗って帰宅したこともあります。歩くことで、東京のさまざまな景色や建物を目にし、隅々に散らばっている魅力を発見しています。高級レストランへ行く余裕はなくても、あちらこちらにあるちょっと面白い飲食店との出会いも楽しいです。東京を散歩するのは本当に最高で、大好きですよ。

 渋谷から池袋まで歩くのも好きです。2年前から山手線沿いを歩くチャリティーウォーク「ヤマソン」にも参加しています。最近は、東京の東側の上野近辺やその南の浜町などに行くことも多くなりました。浅草周辺の呉服店巡りをしたりもしています。

 東京の散歩が魅力的なのは、冒頭でお話ししたように、新旧が隣り合わせで存在しており、そこに心地よいエネルギーが満ちているからです

--東京を散歩するのに、一番好きな季節を教えてください。

 断然に秋ですね。花咲く春ももちろん素敵ですが、秋の気温や青空、そして落ち葉を見るのを楽しみにしています。

--東京での生活の魅力を教えてください。

 東京の人々の気品、辛抱強く、周囲の人々に対して忠実である姿に感心します。誠実でもありますね。また、和食だけでなく、世界中の多種多様な料理が高品質で提供されている点も魅力です。そして何といっても、着物があることです。

ーラ・クリフ

着物インフルエンサーで「着物シーラ」とも呼ばれる。十文字学園女子大学誉教授イギリス生まれ、24歳から日本で暮らしており、そのほとんどが東京在住NHK「にっぽん紀行」をはじめ、テレビにも多数出演着物や日本に関する書籍も複数出版している直近では「丹後ちりめん(縮緬)創業300年大使」にも任命された。インスタグラム @kimonosheila のフォロワーは5万人を超えている。
取材・文/パトリック・バルフ、ゲイリー・デクスター
撮影/下條 祐美
翻訳/笹原 唯