Next Generation Talent:
東京大学で最先端の環境科学を極める

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 エリック・ホルトンさんは、ティーチング・アシスタントや塾の学習コーチを務めながら、彼が言うところの「死の進化」の研究を進めるために東京大学の博士号の取得を目指している。
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目黒区にある東京大学の駒場キャンパスにて。エリック・ホルトンさんが東京に惹かれた理由は、ノーベル賞受賞者を多数輩出した東京大学で学べるからだ。

賢人たちが偉大な研究をする東京大学

 エリック・ホルトンさんは問題を抱えていた。アメリカのミネソタ大学で生態学、進化学、行動学の理学士号を取得した後、自分のニッチな研究分野のプログラムを擁する大学院を見つけることができなかったのだ。研究を続けるために彼が向かったのが、遠く離れた東京だった。

 ホルトンさんは東京大学駒場キャンパスにある大学院総合文化研究科で、進化人口学を研究している。同大学を選んだのは、後に彼の指導教員となる教授が、進化生物学の見地から生命史を研究する分野の第一人者であると知ったからだ。

 「人口統計学では、年齢によって死亡率と生存率がどのように変化するかの研究をします。進化人口学とは、異なる個体群と種において、それらのパターンがどう進化してきたのかを研究する学問です。学部生の頃からこの分野に興味があったのですが、研究を始めるための知識がありませんでした」

 最終的にホルトンさんは、大学で研究仲間を見つけた。小規模のグループだが、さまざまな分野の専門家に加え、大学院生やポストドクター(博士研究員)から成り、東京大学で生と死の科学について講演をしている。「私が研究しているのは老化(セネッセンス)と呼ばれる現象で、生物は年をとると死ぬ可能性が高くなり、生殖能力が低下するという明快なものです。しかし、必ずしもそうとは限りません。生殖能力は年齢とはまったく関係ないこともあり、他に何が影響しているのかを考えたいのです」

 ホルトンさんは続ける。「年齢別の生存率や、それが時代とともにどのように変化しているかがわかれば、人口の特定の層を支援する政府の政策ができるかもしれません。これは、日本の高齢化問題への取り組みに役立つ可能性があるのです」

 彼が研究対象としているのは人間ではなくランなどの植物だが、その研究は日本社会に広く応用できる可能性がある。「希少種の保護は重要ですが、並行して、人間にも応用できることがたくさんあります。東京には多くの高齢者があちこちで暮らしています」。ホルトンさんの研究は、高齢者の中で危険にさらされている層を特定するのに役立つかもしれない。まだ道のりは長いものの、進化人口学の将来的な応用は興味深く、東京大学はその可能性をさらに探求するのに最適な場所だ。

枠にはまらない科学

 ホルトンさんは、大学院総合文化研究科の国際環境学プログラム(GPES)に在籍している。経済学、政治学、テクノロジー、物理学、化学、生態学、農学など、さまざまな分野の視点や研究が融合されていることが、GPES最大の強みだ。

 「非常に学際的なプログラムです。すぐ隣には物理学者や化学者がいて、向いには数学者や経済学者がたくさんいます。私たちはみな同じプログラムに所属していますが、交流する時に自分の専門分野の専門用語が使えないのが面白いところです。他の科学者や専門家とコミュニケーションを取らなくてはならないからこそ、研究者たちは自分の専門分野だけにとらわれることなく、エコーチェンバー(自分と似た意見にしか耳を傾けない人)にもなりません。この大学には、交流のためのリソースが豊富にあります」とホルトンさんは言う。

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異なる分野や背景を持つ人々と研究を行うことで、ホルトンさんのコミュニケーション能力は磨かれている。科学が発展し、よりグローバルになるにつれて不可欠なスキルだ。

 GPESのもう一つの特色は、プログラムがすべて英語で実施されることだ。それによって、専門家や教授、客員講師、そして何より東京で革新的な科学を研究したいと考える学生の層が広がる。

 「私は日本語がわからないため、もしこのプログラムが日本語で行われていたら、東京には来なかったでしょう。私が出会った多くの学生、特に若い学生は、第一に日本に住みたいから、第二に東京大学に来たいから、第三にこのプログラムに参加したいからという理由で東京に来ています。私の場合は、進化人口学の第一人者と一緒に研究をしたかったからです。もし授業や研究が日本語のみだったら、私はこれほど多くの研究を成し遂げることはできなかったと思います」とホルトンさん。

 とはいえ、彼は今の東京での暮らしが気に入っている。「東京に100年住むとしても、おそらく新しい体験は尽きないでしょう。修士号を取るために東京へ来ようとしている人がいれば、私からの唯一のアドバイスは、少なくとも住む予定の期間か、できればその倍の期間、東京で暮らしている人を見つけて、何を期待しているのか伝えてみることです」。

エリック・ホルトン

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1994年米国ミネソタ州リッチフィールド生まれ。2019年に東京大学大学院国際環境学プログラム(GPES)で総合文化研究修士課程修了。現在は同プログラムの博士号取得を目指す傍ら、同大学のさまざまなコースでティーチング・アシスタントを務め、都内にある個別指導の塾で学習コーチとしても働いている。

国際環境学プログラム (GPES)

GPESは、環境政策を評価するための分析ツールを学生に提供している。また、自然科学、農業科学、産業技術、社会科学などの関連分野における専門性を深め、差し迫ったグローバルな問題について世界の専門家と協力する機会を設けている。
https://gpes.c.u-tokyo.ac.jp/introduction/index-jp.html
取材・文/ツェザーリ・ヤン・ストゥルシェヴィッチ
写真/椎木・フーリオ・浩司
翻訳/杉田米行、前田雅子