海洋生物が暮らしやすい東京湾を目指す事業
海底に堆積したヘドロの巻き上げを防止する
「東京湾の水質改善に当たって注目したのは、海底に堆積しているヘドロです。主に生活排水や工業廃水から生まれるヘドロは、時に悪臭を放ち、青潮が発生する原因となります。青潮が発生するのは、風が強く吹いたときに海底のヘドロが巻き上げられ、毒性のある硫化水素が一気に放出されるから。硫化水素によって海中の生物が死に追いやられてしまいます」
そのとき海面が青くなることから青潮と呼ばれる。
「私たちは、ヘドロの巻き上げを防止するためには、鉄鋼スラグが有効ではないかという仮説を立てました」
鉄鋼スラグとは、鉄鋼石から鉄を作り出す工程で発生する副産物だ。イノカは5年前からJFEスチール株式会社と共同して、鉄鋼スラグを海洋環境の改善に利用する研究を進めてきた。
「これまではヘドロの巻き上げ防止のために砂をまいていたのですが、排水が流れ込むとその上にさらにヘドロが堆積するため大きな効果は得られていませんでした。そこで私たちは、海中に3カ月間、鉄鋼スラグを沈める実証実験を、東京ベイエリアの中央防波堤エリアで行いました」
独自のテクノロジー、環境移送技術®とは?
こうした実験で役に立ったのがイノカの環境移送技術®だ。環境移送技術®とは自社開発したAIやIoTデバイスを用いて水質や水温、照明環境などを制御して、海洋環境を水槽内に再現する独自の技術のこと。イノカ社内にあるラボの水槽で東京湾の海底環境を再現して基礎データを取った上で実証実験に臨んだ。
「ただし東京湾では水槽と違って常時モニタリングができないため、経過が明らかになりません。その点では苦労がありましたが、海底に沈めていた鉄鋼スラグを回収し、付着した不純物を測定したところ硫化水素だったことから、海中への硫化水素の放出防止に役立っていることが判明しました」
次のステップは、東京湾に生物を呼び戻すことだ。
「まずは海藻などの繁茂を目指します。海藻が増えれば多くの生物が集まってくるでしょう。すると生物たちの自浄効果によって、持続的な海洋環境の改善が可能になります」
実現すれば、東京湾の水質改善はさらに進む。プロジェクトは現在も進行中だ。
高倉氏は、東京ベイ eSGプロジェクトについてこう語った。「このプロジェクトに参加することで、東京湾での実証実験をスムーズに行うことができました。また、こうしたプロジェクトが進行中だと東京都がアナウンスすることで環境ビジネスへの注目が高まっているように感じます」
海から生まれる新たなビジネスの可能性
海洋環境の改善は、今後も持続可能な都市づくりにつながる可能性がある。
「たとえば潮力、つまり波の力を使った発電や藻類バイオマス燃料など環境負荷の低いエネルギーの創出や、海洋生物から癌などの治療薬の開発など、社会の課題解決につながる研究が今後進んでいくと予想しています。ブルーエコノミーという言葉があるように、海洋資源はビジネスにおいてもとても大きな可能性を秘めています」
イノカは現在、都内に環境移送技術®を使って海洋環境を再現した次世代型の研究施設「ビオアーク」の開設を構想中だ。
「私たちはここを、海洋生物が建築やデザイン、あるいはロボットの開発などさまざまな社会実装につながる事例を伝えられる施設にしたいと思っています。海洋生物への興味が、世界を変えるような新たなイノベーションを生む場所になることを期待しています」
海から生まれる新たなイノベーションは、50年・100年後のまちづくりにもつながっていく。
高倉葉太
株式会社イノカ 代表取締役CEO
株式会社イノカ
https://corp.innoqua.jp/Sustainable High City Tech Tokyo = SusHi Tech Tokyo は、最先端のテクノロジー、多彩なアイデアやデジタルノウハウによって、世界共通の都市課題を克服する「持続可能な新しい価値」を生み出す東京発のコンセプトです。
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