韓国人歌人カン・ハンナ、東京の孤独から救ってくれたのは日本人の優しさ

カン・ハンナ(歌人・タレント・国際文化研究者)

この空の下、11年間暮らしてきた――。韓国人歌人カン・ハンナが東京での暮らしを「詠む」。
TOMOHIRO OHSUMI/GETTY IMAGES

飛行機の窓から日本の地を見下ろすこと2年半ぶり。この7月にコロナが少し落ち着いてきたタイミングで母国に帰ることができたのですが、日本に戻る飛行機の中で東京が見えてきた瞬間、この国で暮らそうと覚悟した旅立ちの日が走馬灯のように流れてきました。

整理整頓された街並み、客に丁寧にお辞儀する人たち、小さな町にも必ず見掛ける神様の場所、何十年何百年も続く老舗など。静けさの中に芯を感じられる日本の景色に、11年前、ソウル出身の私は一目ぼれをしてしまったのです。

いま思えば、言葉もしゃべれないまま、一人の知り合いもいないのに、自分の直感と日本への好奇心だけを持ってよくここで暮らそうとしたなと思います。日本と韓国は距離も近く同じアジア文化圏であるとはいえ、他国で暮らすことはそれほど簡単なことではありませんでした。

どうしても孤独を感じる時があり、異邦人のようにこの社会に浮いている自分が見えて一気に自信を失うようなことも多かったです。

それでも11年という、短いといえば短い、長いといえば長い期間、日本で暮らしながら頑張ることができたのは「人々の優しさ」があったからです。

一つだけ残されている焼き餃子 ここは日本の奥ゆかしい夜

その気持ちを詠んだ歌がこれです。円卓にぐるりと囲んで座り、一つだけ残されている餃子を見ると私は日本を感じます。

外国の人は、遠慮しすぎなんじゃないの? と言うかもしれませんが、私はその遠慮は「人への配慮」だと思います。そして集まったメンバー全員が配慮をするからこそ最後の焼き餃子が残ってしまう、実は心遣いが生み出す美しい景色なのです。

ありがとうと話しかけたらコマワヨと答えてくれた日なたのおじさん

こちらも日本人の優しさを詠んだ歌です。

近頃、日本でもダイバーシティ(多様性)という言葉を耳にするようになりました。深い意味を持つ素敵な言葉ではありますが、スケールが大きくて身近な感じがしないときがあります。

ダイバーシティを実現するために何をすべきかを議論する場も増えていますが、私は「和顔愛語(わげんあいご)」という日本語(仏教用語)にその答えがあるのではないかと思います。つまり、穏やかな笑顔で親愛の情のこもった言葉を交わす、またはほほ笑みと愛情ある言葉で人に接することです。

この歌に登場する方は、日本に来たばかりの私が「ありがとう」と片言で挨拶をしたら、私に「コマワヨ」(ありがとう)と韓国語で答えてくれました。きっと「日本で頑張っているんだろうな」「少しでも寄り添いたい」という大きな優しさのある方だったと思います。

この日の感動をどうしても忘れたくないと思い歌にしましたが、「和顔愛語」という言葉のように、相手のことを考えて言葉を交わせば全世界が平和になるのにと思うのです。

そういえば、自己紹介が遅くなりました。私は日本でさまざまな活動をするなかで、5・7・5・7・7の短歌を詠む人でもあります。1400年以上の歴史を持つ短歌の世界に入れてもらい、母国語でない史上初の歌人として歌集も出すことができましたが、短歌にはいろんな想いがあります。

一首ずつ我が歌を詠む日々こそが日本で生きる証になれば

短歌に出合って今年で9年目になりますが、独学した日本語で短歌を詠む人になれたのは多くの日本人の支えがあったからです。挫折してしまいそうなときも、多くの方が「日本人でもなかなかできないことです」「頑張りはちゃんと伝わりますから」と優しい言葉をかけてくれました。

もしも私が韓国で暮らしていて、日本人の誰かが韓国伝統文学の世界でプロになろうとしたらここまで純粋な気持ちで応援できたかと想像すると、それほど簡単ではないと思います。

長い歴史を持つ短歌の世界が今も大好きで、これからも詠み続けたいと思う理由は、相手が誰であろうと頑張る人にちゃんと拍手を送る、とても温かくてフェアな場所だから。

ソウルより一時間早く日が落ちる時差のない街まぶしい夕焼け

ところである日、日本に住むカナダ人の友達がこう言いました。「韓国と日本は時差がないからいいよね。私は13時間も時差があるから、カナダにいる家族と電話をするだけでも大変なんだよ」

確かに、日本と韓国は同じ時刻で生きています。そのため、表面的には時差がなさそうに見えます。けれども、実はソウルと東京を比べれば、東京のほうが1時間ほど早く日が落ちるのです。

この微妙な差は旅行をするぐらいでは気付かず、日本に住む韓国人か韓国に住む日本人ぐらいが共感できる話かもしれませんが、私はソウルより1時間早く日が落ちる東京の夕焼けを見ながら、いつも「そうだ。私は日本にいるんだ」と感じます。

時にオレンジ色となり、時には桃色に染まる夕空を見上げながら、韓国にいる家族が恋しくなるけれども、東京の夕焼けは飽きないほど美しくて今日の私をまた頑張らせてくれるのです。

カン・ハンナ

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歌人・タレント・国際文化研究者。ソウル出身。2011年に来日し、2020年12月に初の歌集『まだまだです』(KADOKAWA)で第21回現代短歌新人賞を受賞。最近はヴィーガン・コスメブランドを立ち上げるなど、多方面で活躍している。2022年10月からNHKラジオ「ステップアップハングル講座」にレギュラー出演。初のビジネス書『コンテンツ・ボーダーレス』(クロスメディア・パブリッシング)を出版。www.horipro.co.jp/kanhanna
※本記事は「ニューズウィーク日本版」(2021年8月10日/17日号)の提供記事です。