水素と軽油の混焼エンジンを搭載した、世界初の水素旅客船
東京湾を周遊する、乗船イベント
モビリティに必要な燃料の量は、移動距離や重量などによって大きく異なるが、再生エネルギーも例外ではない。船舶の分野で水素燃料を実用化するためには、多くの水素を安定供給するバリューチェーンの実現、そして高度なエンジン開発が求められる。この難題と向き合い、商用化に向けて、課題と解決方法を検証することを期待されているのが、世界初の水素旅客船「ハイドロびんご」だ。
2021年には、公益社団法人 日本船舶海洋工学会が授賞するシップ・オブ・ザ・イヤーの「小型客船部門賞」に選ばれた「ハイドロびんご」。現在はイベントなどで航行しており、今後は国内航路に就航させる予定もある。
2022年10月に「ハイドロびんご」が東京湾に就航する機会があり、小学生とその保護者を対象にした乗船イベント(後援:東京都)の開催と、イベント開催にあたり、国内外の報道関係者に向けた乗船会が行われた。参加者は約40分の東京湾クルーズの間に、船内の見学や水素船について学ぶ機会を得た。
「東京都のウェブサイトで小学生とその保護者を対象に120名を募集したのですが、予想を大幅に超える10倍以上の応募があったため、1回あたりの乗船人数、便数ともに増やして対応したのですが、水素エネルギーに対する関心の高さを実感しました」と、東京都政策企画局の野中聡氏は語る。
技術開発とインフラ整備、どちらも欠かせない
実際に乗船したが、内部は広々としており、1Fデッキの天井には開閉式の窓もあり開放感がある。船が動き出すと、開発を担当したツネイシクラフト&ファシリティーズ株式会社、代表の神原潤氏による解説が始まった。
「軽油を使ったディーゼルエンジンはパワフルですが、CO2排出量が多くなります。一方、水素エンジンのCO2排出量はゼロですが、現状では船を動かすのに十分なパワーを持ったエンジンを作るのが難しい。そこで水素と軽油を混ぜて燃やすことで、CO2の排出を抑えながらパワフルに航行できる水素軽油混焼エンジンが開発されました」
安全面に十分に配慮されており、水素燃料を搭載したタンクは客席から離れた船体後部に分離して設置。水素は燃えやすいため、二重管を採用することでガス漏れが起きた場合に備えてガスを船外に放出する仕組みにしているほか、ガス探知機やスプリンクラーなども完備。運転席にはエンジンの非常停止ボタンも付いており、リスク対策には万全を期す。
水素と軽油という2種類の燃料を混ぜて燃焼させることで動力を生み出し、従来の同社のディーゼルエンジンに比べて、最大50%のCO2排出削減を実現した旅客船を世に送り出したことは、水素社会を実現していく上で大きな意義をもっているが、神原氏はさらにその先の未来を見据えている。
「将来的には水素100%で動く船を実用化したい。そのためには高性能な水素エンジンの開発だけでなく、水素の供給源、運搬、貯蔵といったインフラの整備が必要。『ハイドロびんご』を世界初の水素旅客船として成立させたのは、来る水素社会に向けた最初のステップと考えています。今後はさまざまなイベントを通して水素の可能性を多くの人に知っていただき、次なるステップアップにつなげていきたい」
運輸分野でも特に実用化のハードルが高いとされていた船舶業界でもいよいよ水素利用が現実味を帯びてきた。その最前線の一翼を担う「ハイドロびんご」、そして船舶各社のさらなる飛躍に期待したい。