「スポーツ事故ゼロ」の実現に不可欠な人材を育成
東京2020大会をボランティアとして支えたSFR
ファーストレスポンダーとは、自衛隊員や警察官、介護士、駅員、学校職員など業務上、急病や事故に直面した際に最初に救急処置を行う必要のある人のことを指すが、日本では特にスポーツ時の急病やけがに対応するファーストレスポンダーのことをスポーツファーストレスポンダー(SFR)と呼んでいる。
東京2020大会で現場を支えたボランティアの一つがこのSFRだ。大会に派遣される予定だった医療従事者がコロナ禍で減ったことから、各競技場で待機しけがや急病の発生時に迅速に対処したSFRの存在感が高まった。2022年度、その実績を今後のスポーツイベントにも生かす取り組みが、東京都と国士舘大学、中央大学の共同事業として行われた。スポーツ事故ゼロを目指した安全・安心な環境の提供を目指す、SFR育成事業だ。
国士舘大学体育学部スポーツ医科学科教授の田中秀治氏は「SFRはけがや急病が発生した際に、医師や看護師、救急隊に引き継ぐまでの初期対応や応急手当てを行います。この時の対応が救命率を大きく左右するので、安全・安心なスポーツ環境をつくる上で欠かせない存在です」と話す。
VRを活用したプログラムで実践的に学ぶ
スポーツ現場でのけがや急病のうち緊急性の高いものが「3H」とよばれる、頭部や頸部の損傷(Head)、心停止(Heart)、熱中症(Heat)だ。脳しんとうや頸部損傷が多いのは、柔道、レスリング、ラグビーといったコンタクトスポーツや体操、水泳の飛び込みなど。心停止はマラソンなど持久系のスポーツ、熱中症は炎天下で行うスポーツに多く、選手だけでなく観客が発症することもあるという。
東京2020大会でカヌー競技とボート競技にSFRとして立ち合った国士舘大学防災・救急救助総合研究所の曽根悦子氏は、「熱中症になった選手の救護を担当しました」と話す。「SFRがスポーツの現場にいることで確実に救える命があります。東京2020大会でも多くの選⼿に対応しましたが、熱中症なら現場ですぐに身体を冷却すること。心停止なら胸骨圧迫とAEDが有効です」と田中氏。
2023年1・2月に開催した講習会では、eラーニングを活用した事前学習をもとに、実技演習を重点的に行った。心肺蘇生など3Hへの対応のほか、出血や捻挫、骨折などの外傷に対応する応急処置も盛り込んだ。曽根氏は「実践的に学べるようにとこれまでの事例を参考にVRを制作し、講習に取り入れたところ、とても反応がよかったです」と話す。
より安全・安心なスポーツ環境の創出を
国士舘大学では今後もSFRを育成しスポーツ現場での存在感を高めていく考えだ。「スポーツの現場で活動するトレーナーやマネージャー、体育教師などさまざまな立場の人たちが救命、救護活動ができるようになればスポーツ環境はどんどんよくなります。今後、各競技団体の横のつながりをつくっていくことも必要です」と田中氏。「高校の授業にもより実践的なプログラムを取り入れることができれば、若い世代にも知識と技術が広まっていくと思います」と曽根氏。
2025年のデフリンピックなど国際試合の開催も多数予定されている東京で、スポーツの価値を高める取り組みの一つといえるだろう。
東京都と大学との共同事業
東京の持続的発展やSDGsの推進に資する大学の共同研究などを東京都政策企画局が支援している。研究成果を都民に還元。https://www.seisakukikaku.metro.tokyo.lg.jp/basic-plan/daigaku/kyodo-jigyo.html
写真(人物)/殿村誠士