Tokyo Financial Award:
フィンテック起業家が挑む、外国人居住者を包摂する金融サービス
ラウル・アリキヴィ氏は2001年、早稲田大学に1年間の交換留学のために初めて東京にやって来た。テレビを見られるなどの高い機能性を備えた日本の携帯電話(ガラケー)を初めて目にした時には感動した。その一方で、銀行口座を開設した際にマンガのキャラクターの柄が入った通帳とキャッシュカードを手渡されたことには驚き、落胆を隠せなかった。
1991年の独立以降、社会のデジタル化を最優先に推し進め、誇りを持って電子国家「e-Estonia」を自認しているエストニア出身のアリキヴィ氏は、キャッシュカードを持ったことはなかったし、紙の通帳ももう何年も見たことがなかった。彼はまた、日本語の読み書きが出来ても、日本在住の外国人が日本でクレジットカードを取得してサービスを利用することが難しいことも知った。
早稲田大学で国際関係学の修士課程に進み、アジア諸国の開発モデルを研究した後、彼はエストニアに帰国。大学講師、エストニア経済通信省の上級職や航空会社エストニアン・エアの監査委員を務めた。
日本で銀行サービスを受けられない人々の存在
エストニア政府の「アジア戦略」構築を手伝うために2013年に再び日本を訪れたが、公務員として新たなことに挑戦するには限界があると考え、起業家の道に進むことを決心した。市場参入コンサルティング会社を立ち上げた後、日本のクラフトビールをヨーロッパに輸入する企業をエストニアで共同創業。日本企業に向けエストニア電子政府に関する助言も行った。
だが彼はその間もずっと、外国人居住者として「日本で十分な銀行サービスを享受できていない」という感覚をぬぐえず、解決策を考えるようになった。その結果として立ち上げたのが、G-Bank Technologies OÜだった。会社としての登記自体はエストニアだが日本人との共同創業で、日本で事業展開を行うことを目的とした企業だ。2021年後半、東京金融賞の金融イノベーション部門で評価されたのと時を同じくして、日本に子会社GIG-Aを設立した。
「エストニアには数多くのフィンテック企業があります。たとえばTransferWise(最近Wiseに社名変更)はイギリスに企業登記されていますが、創業者と開発担当者はエストニア人です。TransferWiseの元従業員に声をかけ、開発の手助けをしてもらうことができました」と彼は語る。
同社が目指すのは、ユーザーの母国語で分かりやすくて使いやすいモバイルインターフェイスを提供し、月額固定で費用を払えば各種金融サービスにアクセスできるようにすることだ。東京きらぼしフィナンシャルグループ(FG)傘下の株式会社UI銀行と提携しており、GIG-Aユーザーは同銀行で口座の開設および利用が可能だ。なお、東京きらぼしFGには東京都が株主に名を連ねる。
ユーザーの預金は銀行に預けられるため、「スタートアップ企業のサービスだからと言って心配しなくても大丈夫」と彼は笑った。
本当の成長はまだこれから
国内送金などの取引については、月額固定手数料の他に追加料金が発生しない。一方で今後「財務管理センター」を構築するために必要に応じて外部のパートナー企業と提携するなど、利用可能なサービスの拡大に向けて実現したい機能は数多くあるという。
利用可能言語については、英語、日本語とベトナム語に、サービス開始からわずか2週間で新たにインドネシア語も加わった。今後さらに多くの言語でサービスを利用可能にしていく予定だと説明する。
GIG-Aはテクノロジー主導型のプラットフォームではあるが、誤作動などのトラブル発生時には人による多言語でのカスタマーサポートを提供していく考えだ。「とはいえ、最高のカスタマーサポートはトラブルが起きないことだが」と彼は強調する。
東京金融賞の候補に選ばれた時点で、GIG-Aはまだその開発の初期段階にあった。アリキヴィ氏は、同賞の審査員たちがプラットフォームの潜在的な可能性を信じてくれたことに感謝している。他の応募者とは異なり、既にスタートアップ企業を立ち上げた経験があり日本市場にも精通していたが、それでも東京金融賞を通じて得られるサポートはフルに活用した。「メンター全員とミーティングを行いました。どんなアドバイスも、私たちにとって有益なものなのでした。弁護士の先生からは、銀行業の免許取得にあたってどのようなことが可能かについて、セカンドオピニオンをいただきました」
更なる受賞で自信を胸に、次の目標へ
東京金融賞という「外部からの評価」を得たことで、次の資金調達ラウンドに向けての自信をつけることもできた。
その後のGIG-Aは賞の獲得が当たり前のようになっており、フィンテックのスタートアップによるピッチコンテスト「Finopitch(フィノピッチ)2022」の国際部門で大賞を獲得。さらに2023年6月には世界を目指す起業家向けのピッチイベント「Takeoff Tokyo」で優勝を果たした。
2022年には日本の外国人労働者が180万人を超えて過去最多を記録し、今後もさらに増える見通しであることを考えると、このサービスへの需要は高まる一方だろう。
さらに同社では既に、外国人の利用者が母国に帰国した際にもサービスを継続して使用することができるようにすることや、外国人向けのニーズが高まっている他の多くの国での事業展開も視野に入れている。
https://www.finaward.metro.tokyo.lg.jp/
写真提供/G-Bank Technologies OÜ
翻訳/森美歩