水素が未来の燃料のスタンダードに? 官民連携の次世代モビリティ

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 カーボンニュートラルを実現するために、世界が注目する水素燃料。国や東京都は水素燃料で走行するFCV(燃料電池自動車)の導入、水素ステーションの整備を推進している。東京2020大会で脚光を浴びたFCVや水素燃料は、どのような未来を築くのだろうか。
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水素エネルギーの普及を都が積極的に補助  

 東京都は、世界に先駆けてFCVの普及を目指し、FCV導入や水素ステーションの整備・運営費用の一部を補助している。

 FCVとは、水素と酸素の化学反応によって発電した電気エネルギーによって走行する自動車だ。走行時のCO2の排出がゼロであるため「究極のエコカー」と呼ばれている。東京2020大会のメディア関係者の輸送の一部を担った「燃料電池バス」が国内のみならず世界でも脚光を浴びたことは記憶に新しい。

東京都交通局では、2017年から燃料電池バスの運行を開始。

 2050年までのカーボンニュートラル実現に向け、水素燃料の普及がカギになるとされている。日本は水素燃料産業分野で世界をリードしていると言われ、水素ステーションは建設中を含めて2022年3月時点で国内に169カ所あり、世界トップクラスの数を誇る。

 水素燃料の利点はCO2排出ゼロだけではない。水素は地球上のさまざまなものから製造できるので、石油のように産油地域に偏ることがなくなる。さらに電気を水素の形に変えて貯蔵しておくことも可能である。

 現在、世界で水素燃料の普及・拡大が急がれている。「2050年までには、まだ時間があると思う方も多いかもしれませんが、燃料やエネルギーのインフラ構築は長い年月をかけて行うもの。水素燃料の拡大は急務です」と、水素燃料業界のリーディングカンパニーであり、東京2020大会で大会用車両と聖火台に水素を供給したENEOS株式会社水素事業推進部の後藤直幸氏は語る。

東京・晴海が旗振り役となり世界の水素燃料普及をリード

 後藤氏は「東京2020大会が契機となり、人々が水素燃料の重要性に気づき始めた」と感じている。多くの人から「クリーンエネルギーの供給を推進してほしい」という要請が多くなり、水素燃料業界の後押しになっていると話す。

 しかし現在、水素燃料導入・拡大の課題はコスト面にある。水素の製造、水素ステーションの建設、FCVに水素燃料を供給するコストは、全てが高止まりしている状況だ。もちろん水素燃料が普及すれば安価なエネルギーになっていく。そのため、国や東京都からの補助金やメーカーの努力により、普及につなげる試みがなされているのである。

 もう一つ、「燃えやすい水素を用いた水素燃料は安全なのか?」という疑問も投げかけられることが多い。それに対して「実は、石油精製の脱硫過程で大量の水素が使われています。そのため、ENEOSには水素を安全に取り扱うノウハウが蓄積されているのです」と後藤氏は言う。

全国47カ所、都内では8カ所に設けられているENEOSの水素ステーション。

 東京都では、東京2020大会に選手用の宿泊施設として利用された晴海五丁目西地区で、水素産業分野をリードする国内企業6社とともにエネルギー事業を開始。まちづくりの一環として、水素ステーションや水素を供給するパイプライン、水素で発電を行う純水素型燃料電池を整備する予定だ。

 ENEOSは、パイプラインを通じてマンションや商業施設に水素燃料を供給する、国内初の取り組みを担う。

 水素燃料は、さまざまな産業分野で活用できる「カーボンニュートラルの切り札」となるエネルギーだ。今、日本の技術力と、東京・晴海の取り組みは水素燃料普及の旗振り役となっている。この推進力が、東京の魅力を高めていくに違いない。

取材・文/小野寺ふく実 写真/松田麻樹