塩づくりで注目を集める、人口166人の青ヶ島

 伊豆諸島の最南端に位置する、東京都青ヶ島の人口は、2022年11月1日時点で166人。この絶海の孤島で、黒潮の海水と地熱蒸気をのみを利用して作られる「ひんぎゃの塩」が、シェフやパティシエなどの間で話題となっている。
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青ヶ島全景。外輪山の外側と内側の交通は、トンネルで繋がっている。面積は5.96平方キロメートル。Photo:海上保安庁

噴火活動によって形作られた、特徴的な地形

 東京都青ヶ島村は、東京都心から約360キロメートル離れている。アクセスは、羽田空港から八丈島までが飛行機で約1時間。八丈島でヘリコプターに乗り換えると、青ヶ島まで約20分。八丈島から青ヶ島までは、船も利用可能で、この場合は約2時間30分かかる。

 青ヶ島の特徴的な地形は、1785年に起きた火山の噴火によるもの。外輪山によって海から隔てられた絶海の孤島で、カルデラの底が露出しているという希少性が注目を集め、数年前から「Smithsonian MAGAZINE」「One Green Planet」など、グローバルなウェブサイトでも紹介されている。

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地熱による水蒸気が吹き出す穴を「ひんぎゃ」と呼ぶ。カルデラ内に無料の「地熱釜」があり、芋や卵を蒸すことができる。Photo:青ヶ島村役場

無臭・無毒の熱蒸気は、青ヶ島ならでは恵み

 約240年前に起きた噴火活動は現在も続いており、気象庁により火山活動度Cの活火山に認定されている。その影響で、内輪山と外輪部分に挟まれたカルデラでは、地熱蒸気が絶えず上がっている。地元では「ひんぎゃ」と呼ばれる無臭・無毒の地熱蒸気は、加熱調理や天然のサウナとして利用されてきた。

 この地熱蒸気で手作りされているのが「ひんぎゃの塩」。生産者の青ヶ島製塩事業所の山田アリサ代表に話を聞いた。

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青ヶ島製塩事業所代表の山田アリサさん。井上ひさし主宰のこまつ座で女優として活躍した後、青ヶ島へ帰島。Photo:三木匡宏

 「青ヶ島は風が強く、定期船がよく運休するため、パッションフルーツなどの青果を定期的に出荷することができません。加工生産物は焼酎しかなかったため、新しい産業を必要としていました。そこで1999年に村営でスタートしたのが、"ひんぎゃの塩"の製造です」

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海水が地熱蒸気で温められ、ゆっくりと結晶化。水面で結晶になってから沈み、塩が珊瑚のように釜の底に固まっていく。Photo:青ヶ島製塩事業所

カルシウムを多く含み、あと味に甘みが残るのが特徴

 早朝汲み上げた黒潮の海水を約60度の地熱蒸気でゆっくり温めると、13日目にやっと結晶化が始まるという。

 海水を結晶化させて塩をつくるには、主に火力や電力などを使って高温で加熱する方法と、太陽光などの自然の力でゆっくり加熱する方法がある。高温で加熱すると早く結晶化し、そのせいか塩味を強く感じる塩になる。太陽光を使う天日干しは約30日かけて結晶化するため、強い塩味は感じない塩となる。

 「ひんぎゃの塩」は、同じ自然の力でも、太陽光ではなくこの島ならではの地熱蒸気という自然のエネルギーによって結晶化させる、独自の方法によって作り出されている。

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釜上げ後、遠心分離機でにがり水分を落としたところ。Photo:青ヶ島製塩事業所
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水分を落としたのち、4日間かけて地熱蒸気で乾燥させたのち袋詰めされる。Photo: 三木匡宏

 結晶化が始まってから釜上げまで6日間、乾燥に4日間。その後粉砕し、不純物をチェックし、袋詰めする。プランクトンが少なくカルシウムが豊富な黒潮の海水から1か月以上、じっくりと時間をかけて作られる「ひんぎゃの塩」は、一般的な塩よりも数十倍のカルシウムを含むため、甘みが強い。この味に惚れ込んだ寿司店、食品加工メーカー、味噌蔵をはじめ、「mikuni MARUNOUCHI」や「ホテルニューオータニ パティスリーSATSUKI」などのシェフやパティシエが愛用しているという。

 「現在、フルタイムで一緒に働いてもらっている人は、すべて島外から来てもらっています。青ヶ島の基幹産業とするべく、市場に"ひんぎゃの塩"の根をしっかりと広げていきたいと思います。そして、青ヶ島に住みたいと思う人たちに向けて窓を開けていたい。ここで育つ子どもたちを増やしていき、青ヶ島を未来に残したいと考えています」

取材・文/安藤菜穂子